小学5年のだったと思います。テレビから流れてきた「くうねるあそぶ」に衝撃を受け、「コピーライター」という存在を知り、目指します。大学卒業後、紆余曲折ののち念願の広告業界へと人生のコマを進め、名刺に「コピーライター」が刻まれた!
寝ても覚めても「言葉」と向き合う日々。「伝わる言葉」を何より大切に生きてきました。その後、縁あって国会議員の秘書へ。そこでとにかく痛感したことは、「伝わる言葉の難しさ」でした。人々の声は、なぜ為政者に届かないのか。為政者は、届けるべき人に届ける言葉を持ち合わせていないのではないか。私の仕事の真ん中は「言葉(表現)」を駆使し課題を解決すること。魅力を最大化すること。それならば、私がやるべきなんじゃないか。
私が育った街、府中の課題に挑み、魅力を磨きあげ、発信していく。これまでの経験値を総動員して臨む。五十を目前にして胸が熱くなります。育ててくれた府中をもっと輝かせたい。より多くの人に届けたい。それが政治を志した原点です。府中をさらに「前へ」50代の私の挑戦です。
1年間、抗生物質を飲み続ける日々に
保育園入園時。右足が包帯でパンパンに
母の実家は山形の古刹。同い年のいとこは現当主
野球少年だった頃。打順2番、セカンド
日向小次郎にはなれなかった…
全身ケミカルウォッシュw
歌謡曲にハマり毎日ようにレンタルレコード屋「友&愛」に通い、ダビングしまくる
学芸会「青い鳥」でチルチル役
三中バスケ部に。流川にもなれなかった…
国立学院予備校・府中校(当時)に
ラグビー漬けの日々を過ごす
誰も目指さず伸び伸びプレイ!ポジションは右ウィング
オーストラリアにホームステイ
ステイ中に17歳に。ホストファミリーと一生の想い出
某テレビ局のアルバイトに青春を燃やす
氷河期という言葉は後で知ることに
全財産3万円に
人生の転機。30代の大半をここで過ごす
ブランディングのファシリテーション、講師なども務める
南アサポーターとノーサイドでパチリ
私を育ててくれた府中。言葉のチカラ、秘書としての経験、そして二児の父としての目線をすべて注ぎ込み、街の課題を解決します。市民の皆さんと一緒になって、もっと輝く府中を創り出したい。熱い想いでお応えします!
広告クリエイターとして、2019年ラグビーW杯日本大会のパブリックビューイングの告知や市政65周年のイベントキャンペーンなどを手掛けました。
2019年ラグビーW杯日本大会にあわせ、けやき並木で行われたパブリックビューイングの企画・告知を担当しました。
府中駅前のファンゾーンのネーミングを考案。まちなかに新たな賑わい拠点を生み出しました。
京王線府中駅をはじめ沿線各所で、ラグビーW杯パブリックビューイングの告知広告を展開しました。
府中駅構内の床面広告など、「FUCHU RUGBY WEEK」の告知広告を企画・制作しました。
府中市制施行65周年を記念した「府中市民パレード」など、記念キャンペーンの告知広告を手掛けました。
京王線府中駅・新宿駅をはじめ、市制65周年記念キャンペーンの大型ビジュアルを展開しました。
吉田のりあきの活動に力をお貸しください。